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東京地方裁判所 昭和59年(ワ)11326号 判決

東京都国分寺市東元町一丁目一九番一〇号

原告

川浪清志

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

被告

右代表者法務大臣

嶋崎均

右指定代理人

小田泰機

星川照

岩田登

戸田信次

坂田嘉一

一杉直

大淵博義

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三八〇万円及びこれに対する昭和五九年一〇月二七日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  1項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は、原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言。

第二主張

一  請求原因

1  訴外川浪源助(以下源助という。)は、昭和五四年六月二六日死亡し、原告及び訴外川浪正資、同川浪薫、同川浪富士夫、同山本和子が源助の遺産を相続した。

右遺産中には、相続開始時において建築中の東京都新宿区歌舞伎町二丁目三八番二一号所在の鉄筋コンクリート造陸風屋根地下一階付地上五階建建物(以下本件建物という。)が存し、当時の工事出来高は三一三六万四〇〇〇円であった。

2  右相続人らは、昭和五四年一二月二五日、伊万里税務署長重石良忠に対し、各別表一〈1〉のとおり相続税の申告をした。

ところが、右税務署長は、昭和五七年七月三〇日、別表一〈2〉のとおり、本件建物にかかる前渡金債権三〇〇〇万円等を加算する更正処分(以下更正処分という。)をした。

そこで、原告は、昭和五七年九月二九日、右前渡金債権三〇〇〇万円相当額をもって本件建物の評価額とすることは誤りであり、これに代え、本件建物を相続開始当時の工事出来高三一三六万四〇〇〇円の七〇パーセントに相当する金二一九五万四八〇〇円で評価すべきことを理由に異議申立をした。これに対し、右税務署長は、同年一二月二一日、右原告主張を排斥する内容を有する別表一〈4〉のとおりの異議決定(以下異議決定という。)をした。

原告は、昭和五八年一月一七日、異議決定につき、福岡国税不服審判所に審査請求をした。

他方、昭和五九年六月二八日、右税務署長の後任である伊万里税務署長古賀兎馬己は、本件建物に関し、その評価を費用現価三一三六万四〇〇〇円の七〇パーセント相当額である二一九五万四八〇〇円とする再更正(減額)処分(以下再更正処分という。)をした。

また、福岡国税不服審判所は、昭和五九年九月二〇日、再更正処分による一部減額後の課税処分を正当として審査請求を棄却した。

3  原告は、右更正処分により、別表二上段のとおり本税、過少申告加算税、延滞税の納付をさせられた後、異議決定により同表下段のとおり還付を受け、更に再更正処分により別表三下段のとおり還付を受けた。

4  右更正処分及び異議決定は、左記のとおり国家公務員たる税務署長がその職務を行うについて故意によりなした違法な行為である。

(一) 本件建物に関しては、相続開始時において建築中であったから、工事出来高の七〇パーセントに相当する金額で評価して課税すべきであり、このことは被告側の相続税に関する財産評価基本通達(以下基本通達という。)に、同通達九一条「課税時期において現に建築中の家屋の価額は、その家屋の費用現価の一〇〇分の七〇に相当する金額によって評価する。」とあるとおり、明示されているところである。

従って、本件建物に関する課税の前提として、その評価額は、その出来高三一三六万四〇〇〇円の七〇パーセントに相当する二一九五万四〇〇〇円とされるべきであった。

(二) ところが、当時の伊万里税務署長重石良忠は、右基本通達の存在を承知のうえ、これを無視して、相続財産の一部とされるべき本件建物のあるべき評価額二一九五万四八〇〇円を上回る前渡金債権二三〇〇万円(なお、その他に七〇〇万円も余分に計上されていた。)を相続財産額に計上して相続税額を算定し、もって更正処分、異議決定をした。

5  原告は、右違法な行為により、再更正処分により還付を受けた金員のうち還付加算金を除いた金員の納付を余儀なくされる等し、次のとおり総額三八〇万円に達する損害を蒙った。

(一) 精神的損害

(1) 原告は、右行為により国民として国との間の信頼を傷つけられた。これによる慰謝料は、一〇〇万円が相当である。

(2) 右行為により公務員一般が自信をもって仕事ができない結果を招き、国民たる原告に損失をもたらした。右損害額は一〇〇万円が相当である。

(3) 原告は、右行為を通じて愚弄の態度をもって接せられ、また原告が弱い立場にあることを見抜かれたうえで組織を背景に威圧され、また巧妙な手法を用いる等されて虐げられた。これによる慰謝料は一五〇万円が相当である。

(4) 原告は、異議申立から本件訴訟に至るまで相当のエネルギーを費し、かつ逡巡する等し、精神的苦痛を蒙った。これに対する賠償額は五万円が相当である。

(二) 財産的損害

原告は、右行為に対し、異議申立から本件訴訟までの不服申立をするため、時間を費し、かつ現実に費用も支出した。右時間的損失は二〇万円、実費は五万円に達する。

6  よって、原告は、国家賠償法一条に基づき、被告に対し、右損害金三八〇万円及びこれに対する違法行為後の昭和五九年一〇月二七日から支払済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1について、うち本件建物の工事出来高については否認し、その余の事実は認める。

2  同2について、うち源助の相続人らのした相続税申告の日は否認し、その余の事実は認める。

3  同3の事実は認める。

4  同4について、冒頭の更正処分及び異議決定が、国家公務員たる税務署長がその職務を行うについてした行為であること、(一)のうち相続税に関する財産評価基本通達九一条に「課税時期において現に建築中の家屋の価額は、その家屋の費用現価の一〇〇分の七〇に相当する金額によって評価する。」とある事実は認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

5  同5の事実は不知。

原告は、再更正処分に基づき、相続税減額部分に相当する納付税額に国税通則法所定の還付加算金を付されて還付を受けており、損害は発生していないというべきである。

三  被告の主張

1  本件課税処分の経緯は、別表一のとおりであるが、うち本件建物に関する部分の詳細は次のとおりである。

(一) 原告らの申告による源助からの相続財産価額には、相続開始時において建築中であった本件建物にかかる財産価額が算入されていなかった。

(二) 源助は、昭和五四年二月二二日、殖産住宅相互株式会社(以下殖産住宅という。)に請負わせて本件建物を建築中であり、相続開始時までに殖産住宅に対し、昭和五三年一一月二五日支払の設計二〇〇万円と昭和五四年三月二九日支払の請負代金のうち金二一〇〇万円との合計二三〇〇万円を支払済であった。

とところで、相続開始時において建築中である建物の評価については、基本通達九一条に「課税時期において現に建築中である家屋の価額は、その家屋の費用現価の一〇〇分の七〇に相当する金額によって評価する。」と定めている。

しかし、右基本通達九一条は、建築中の家屋自体を評価する内容のものであるので、その所有権が被相続人に帰属するのを当然の前提とすると考えられるところ、建築中の家屋にかかる工事が直営又は被相続人が大部分の材料を購入し請負人に供給して行われている等により建築中の家屋の所有権が被相続人に帰属するとみられる場合には、右基本通達を適用できるが、工事が右以外の通常の請負によって行われている場合には当該家屋の所有権が注文者たる被相続人にはなく請負人に帰属するので、このような場合、建築中の家屋自体を相続財産として基本通達九一条による評価することをせず、その代わりに被相続人が相続開始時までに請負人に支払った請負代金相当額を債権とみてこれを相続財産として扱い、なお建築工事に直営部分と通常の請負部分とがある場合、直営部分については基本通達九一条に準じ、投下費用をその一〇〇分の七〇に相当する金額によって資産として評価し、請負部分については前渡金額を債権額として評価する見解がある。本件相続税課税の所管庁である伊万里税務署長は、右見解に立ち、前記本件建物の建築工事が通常の請負契約により行われていることに照らし、本件建物の所有権は未だ被相続人に帰属しないので、基本通達九一条によらず、前記被相続人が請負人に支払った前渡金等の合計額二三〇〇万円を被相続人の有する債権額とし、その他一件資料により、源助が原告に対して本件建物建築中の監督料等として一〇〇〇万円の債務を負担したものと認め、これを右工事の直営部分にかかる投下費用とみ、これに基本通達九一条を準用して、右金額の一〇〇分の七〇を資産として評価し、右合計三〇〇〇万円を本件建物に関する前渡金債権として相続財産に加算し、この結果更正処分を行った。

(三) 原告の異議申立後、右税務署長は、再検討の結果、右源助の原告に対する監督料一〇〇〇万円の債務は、必ずしも本件建物の建築工事にかかるものとはいい難いと考え、従って右一〇〇〇万円の一〇〇分の七〇に相当する七〇〇万円のみを前記相続財産価額から控除し、その余の前記二三〇〇万円については従前どおり前渡金債権として相続財産に含ませる内容の異議決定をした。

(四) 右異議決定の後、後任の伊万里税務署長は、最近における請負契約の実態及び直営工事の場合とのバランスを図る観点から、本件のような通常の請負契約により建築中の建物についても相続税の課税上、これを注文者のものとみなして基本通達九一条によるべきであるとの見解を採り、昭和五九年六月二八日、右通達により、本件建物を相続開始時の費用現価三一三六万四〇〇〇円の一〇〇分の七〇に相当する二一九五万四八〇〇円と評価してこれを相続財産価額中に計上し、他方先に前渡金債権として相続財産価額中に計上した二三〇〇万円を控除する再更正処分をした。

(五) その結果、原告にかかる相続税額につき、別表四上段記載の過誤納金が発生したが、右税務署長は、これに対し、同表下段のとおり、国税通則法所定の還付加算金二万六一〇〇円を合算した金二二万五一〇〇円を原告に還付した。

2  本件更正処分、異議決定については、左記のとおり原告主張の違法性はない。

(一) 更正処分、異議決定以前にも、相続財産のうち建築中の家屋の評価に関する基本通達九一条は存在した。しかし、右基本通達にいう建築中の家屋とは、これが被相続人の所有に属していることを当然の前提とするのであるから、1(二)に述べた通常の請負工事により建築中の家屋については右基本通達の適用外と考え、被相続人が請負人に支払った前渡し金等を相続財産を構成すべき債権として評価する見解は十分の合理性を有するものである。当時の課税実務も統一的に右見解に沿って取扱われており、一般にも格別の異論はなかった。

(二) ところが、最近における請負契約の実態をみると、請負人は、材料調達等のために請負代金を数回に分割して支払を受けており、従って、実質的には注文者が材料等を供給しているのと同様に評価できるのであって、厳密な意味での所有権の帰属はともかく、請負人注文者ともに実質的には建築中の家屋を注文者のものと認識しているのが一般的である。

右実態からすれば、相続税の課税上、通常の請負の場合の建築中の家屋についても、その所有権が注文者に帰属するものとみなして取扱っても特に弊害はなく、また従来の取扱によれば、直営工事と通常の請負工事との場合で評価方法が異なるため、結果的に評価額が不均衡になることが避けられなかったが、評価方法を統一することにより評価額の均衡を図ることができ、かえって納税者感情にも合致すると判断された。

そこで、国税庁は、従来の取扱を変更し、通常の請負工事により建築中の家屋についても、相続税の課税上これを注文者のものとみなして直営工事の場合と同様に基本通達九一条の建築中の家屋に該当するものとして取扱っても差支えないこととし、その旨を昭和五九年六月一四日付で、同庁直税部資産税課長名をもって管下各国税局直税部長あて連絡した。

なお、この場合において、建築中の家屋の価額は、課税時期における費用現価即ち課税時期までに投下した費用の額を課税時期の価額に引直した額の合計額を基にして評価することとなるので、注文者の支払済代金額と請負人の投下費用の額とに差異があるときは、その差額は未払金又は前渡金として処理することになる。

(三) 伊万里税務署長は、本件更正処分をする際、(一)に述べた当時の課税実務の取扱に従ってこれをしたのであって、右取扱は十分合理性を有し異議なく承認されていたのであり、その後取扱の変更がなされたのは建物建築請負契約の実情に合せたに過ぎず、右変更によっても従前の取扱が誤りとはいえないから本件更正処分、異議決定は適法なものである。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張1の事実は認める。

2  同2について、うち課税実務の取扱については知らない。その余の事実は否認する。

一般に、建物建築請負契約においては、建築中の建物の所有権は、建築の当初から注文者にあり、注文者自身その意識を持っている。逆に請負人は、所有の意思を持っておらず、請負代金の回収を願い、これに対する優先権を保持しようとするのみである。従って、課税にあたり、建物建築工事が直営か請負かを区別することは意味がない。

被告主張の取扱変更における基本通達九一条を適用しない課税実務の取扱は、一見して不当であり、国税庁内部にはともかく、外部には異論があり、心中替同しない人は内外に多かった。そのため取扱の変更をせざるを得なかった。請負契約の実情は、被告主張のように、最近において変わったようなことは少しもない。被告の右主張は、従来の取扱の違法性を隠蔽しようとするものである。

伊万里税務署長の更正処分、異議決定は、国税庁の、税を多く取る目的で基本通達九一条を歪曲した解釈に対し、盲従してしたものであり、右通達に違反した違法課税であった。

第三証拠

本件記録中書証目録のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1のうち、本件建物の工事出来高を除いた事実、同2のうち相続税申告の日を除いた事実、同3の事実並びに被告の主張1の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、原告指摘の伊万里税務署長が、本件更正処分、選議決定において、建築中の建物であった本件建物につき、基本通達九一条を適用せず、支払済請負代金等二三〇〇万円を、被相続人源助の有した債権とし、これを相続財産の一部として扱い課税したことの違法性について判断する。

1  先ず、右取扱の合理性について検討する。

(一)  原本の存在成立に争いのない乙第一号証及び弁論の全趣旨によれば、本件建物建築請負契約は、昭和五四年二月二二日、注文者源助と請負人殖産住宅との間において締結され、右契約において、工期は、着手日が昭和五四年三月二四日まで、完成日が同年一二月二七日まで、引渡は完成の日から一〇日以内、請負代金総額は一億四四五八万円、その支払時期は契約成立時に二一〇〇万円、上棟鉄骨組完了時に二一〇〇万円、コンクリート打完了時に二一〇〇万円、タイル工事完了時に四二〇〇万円、完成引渡時に三九五八万円と各定められ、その他請負人が工事中の地震による損害について補修の責を負う旨定められていたこと、本件建物は昭和五五年四月七日完成し、同日源助の相続人らに引渡されたこと、原本の存在及び成立に争いのない乙第四号証の一、二によれば、右建築工事に関し、源助又は相続人らは、設計料の他、若干の建築関連費を直接支出したものの、建築材料を自ら供給することはせず、これは殖産住宅が調達していたことが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(二)  ところで、本件建物建築請負契約のような建築材料の全部又は主要部分を注文者が供給するのでない通常の請負契約(以下通常の請負契約という。)においては、請負の目的物件たる建築中の建物は、請負人の所有に帰属し、注文者への引渡によって初めて注文者に所有権が移転する。従って、注文者は、建築中の建物自体につき何らの権利(物権)を有しない。

他方、相続税課税の対象たる相続財産は、被相続人に権利が帰属するもののみであるので、建築中の建物自体が相続財産たるためには、その所有権が被相続人に帰属することが必要である。基本通達九一条は、相続財産たる建築中の建物の評価についてなされたものであるから、右所有権の被相続人への帰属が肯定されなければ、同条の適用はないものと考えられる。本件建物は前述したところから、相続開始時その所有権が被相続人たる源助に帰属しなかったことは明らかであるから、相続財産に入らず、従って本件建物につき基本通達九一条の適用はないものと考えられる。

この場合、本件建物建築請負契約に関し源助が殖産住宅に支払った設計料及び請負代金の一部の合計二三〇〇万円が相続財産となるかどうかが問題となる。

一般に、注文者は、引渡時までに請負代金全額の支払を了し、右支払完了と引換に請負人から目的建物の引渡を受けるべきものであり、右目的建物の引渡を受けることにより支払った請負代金相当額の財産を取得するものである。従って、引渡前に支払った請負代金の一部については、引渡をまって財産として現実化するに至る。他方、請負人は目的建物の完成引渡義務を負うから、注文者は、請負人がその完成引渡義務を履行しない場合はその履行を求めることができ、請負人がこれに応じない場合は、解除して支払済請負代金の返還を求めうる。また、引渡し前において請負人の責に帰すべき事由により目的建物の完成引渡が不能となった場合は勿論、当事者双方の責に帰すべからざる事由により目的建物の完成引渡が不能となった場合にも、その危険は請負人の負担に帰し、請負人は請負残代金を請求することができなくなり、請負人がそれまで支出した費用等は同人の損失に帰する。 従って、右の場合にも、注文者は請負人に対し、支払済請負代金の返還を求めうる。

以上、注文者は、いずれにしても(自己の責に帰すべき事由による目的建物の完成引渡不能の場合を除いては)、支払済請負代金につき建物の完成引渡により、又は支払済代金の返還を求めることにより、その自己の財産としての回帰を期待しうることになる。右期待は、法的な地位であり、請負人の行為を通じて実現しうる点で債権に類する。従って、相続財産の評価にあたり、支払済請負代金相当額を請負人に対する債権として捉えることは実質的にみて根拠がある。

源助が相続開始時までに殖産住宅に支払った金二三〇〇万円は、うち設計料も含め、その全体が本件建物完成引渡により財産として現実化しうる点において、請負人に対する支払済請負代金として捉えることができる。

よって、本件更正処分、異議決定において、右金二三〇〇万円相当額を、源助の殖産住宅に対して有した前渡金債権と捉え、これを相続財産に加えて課税した取扱は、一応合理的といいうる。

(三)  もっとも、原本の存在成立に争いのない甲第五号証、成立に争いのない乙第二号証の九によると、新築建物の評価については、建物の評価一般と同様基本通達により固定資産税評価額によるものとされているところ、新築建物についての固定資産税評価額は、概ね、

{その建物の実際の建築費-)(設計料+建築業者の適正利潤の額)}×〇・七

の基準により算出されていることに比較すると、支払済請負代金額をそのまま債権額とみることは実質的に過大な評価であると考える余地がある。また建築中の建物のうちでも直営工事にかかる場合、請負契約によるうち材料の全部又は主要部分を注文者が供給する場合は、所有権が注文主に帰属するものとされ、支出した費用全額ではなく、費用現価の七〇パーセントをもって評価されるのに比較しても実質的に過大な評価の疑いがある。

しかし、新築建物の評価が前述のようにされるのは、あくまで資産としての交換価値を念頭に置き、完成後直ちに開始する使用による減価を考え加減して評価されているものと考えられるから、これと比較して、支払済請負代金額をそのまま相続財産たる債権額とするのが実質的に過大とはいえない。

また、建築中の建物についてこれを被相続人自身の所有に属するとして基本通達九一条を適用すべき場合は、建築中の建物が滅失毀損した場合には、そのその損失は所有者たる被相続人に帰し、被相続人の責に帰すべからざる事由により完成引渡が不能となった場合も、支出済の費用を被相続人が負担しなければならない等、完成前においても目的建物建築に支障が生じた場合の危険を被相続人自身が負担していることに照らすと、費用現価自体ではなく、その七〇パーセントをもって評価額とするのも右危険を見込んだものとして理解できるので、これに較べ、右基本通達を適用しない場合の評価が実質的に過大であるともいえない。

(四)  ところで、成立に争いのない乙第三号証の一、二によると、国税庁は、昭和五九年六月一四日、同庁直税部資産税課長名をもって、通常の請負契約による建築中の家屋について、最近の請負契約による家屋建築の実態をみると、請負人は、材料調達等のために注文者から請負代金を数回に分割して支払を受けており、結果的には注文者が工事進行に応じて材料等を供給する形となっていること、このようなことから、当該建築中の家屋は、請負人注文者双方とも実質的には注文者のものとして認識しているのが一般的であることを理由に、従来の課税実務の取扱と異なり、注文者のものとみなして基本通達九一条を適用し評価して課税する取扱をして差支えない旨の事務連絡をした事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

しかし、右事務連絡も、請負人注文者双方の建築中の家屋に寄せる経済的な期待はともかく、所有権の帰属等前述した通常の請負契約における両当事者の法律関係自体が変化していることまで指摘しているのではないと解されるから、右事務連絡があるからといって、前記本件建物に関する課税に基本通達九一条を適用しない取扱が合理性を欠いていたということもできない。

2  次に、課税にあたっては、すべての納税義務者に対し同等の取扱をすることが要請されるから、本件課税が右要請に反したかどうかについて検討する。

前掲乙第二号証の九、第三号証の一、二、成立に争いのない甲第六号証、乙第二号証の一ないし八、一〇ないし一七によると、建築中の建物に関する相続税課税については、従前これが被相続人の直営工事又は請負契約による工事であっても被相続人が材料の全部又は一部を供給する工事によって建築されていた場合には、これを被相続人の所有に属した相続財産とみて基本通達九一条を適用して評価をし課税するものの、そうでない通常の請負契約による工事によって建築されている場合には、右建物自体の所有権が被相続人に帰属するものではないので、これを相続財産とみず、支払済請負代金のある場合、これを被相続人の請負人に対する前渡金債権とみて相続相産とする取扱が統一的に行われていたこと、建物建築の実態からみて、建築中の建物にかかる課税全体のうちでも後者の取扱がむしろ普通であったこと、前記認定の国税庁直税部資産税課長名の事務連絡により右取扱が変更され、通常の請負契約による場合についても、建築中の建物を注文者の所有に属するものとみなして基本通達九一条を適用して評価し課税する取扱が行われ始めたこと、この場合、建築中の建物にかかる費用現価と支払済請負代金との間に差があるときは、その差を未払金又は前渡金として注文者の請負人に対する債務又は債権として相続財産から差引き又はこれに加える取扱とされたことが各認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

右認定事実に照らせば、本件更正処分、異議決定は、建築中の建物に関する課税につき基本通達九一条を適用しなかったとはいうものの、むしろ当時の課税上の取扱に合致しており、建築中の建物に関する課税全体のうちでも普通の取扱であったもので、前記納税義務者に対する同等取扱の要請に反することもなかったといわねばならない。

3  以上の次第で、伊万里税務署長がした本件更正処分、異議決定中本件建物に関し、基本通達九一条を適用せず支払済請負代金等二三〇〇万円を債権とみてした課税につき、法的根拠を欠き又は実質的にみて過大な財産評価をした等のため合理性を欠くこと又は納税義務者に対する同等取扱に欠けることもなかったのであって、原告指摘の違法性を認めることはできない。

なお、本件更正処分において、その他本件建物に関し投下費用一〇〇〇万円があり、これを七〇〇万円の資産として評価され課税対象とされたことは、原被告双方に争いのないところであるが、原告は右資産計上が違法とするものの、右違法性に基づいては損害賠償請求をしているのではないから、右違法性の有無については判断しない。

三  よって、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 高田泰治)

別表一 課税処分の経緯

〈省略〉

別表二

更正処分による相続税額の納付状況

〈省略〉

別表三

(注)再更正処分による減差税額の還付の状況は、次のとおりである。

〈省略〉

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